由紀さおり×安田祥子 日本の歌を愛した姉妹

童謡歌手として出発し、その後、歌謡曲とクラシック音楽という異なる音楽の道を歩んできた二人。
由紀さおりと安田祥子という二人の個性が童謡によって再び結び合ったのは、1986年のことでした。
以降、コンサートやテレビなどで多くのファンが、彼女たちの歌によって日本の歌がもつ美しさを再認識しました。
ここでは、姉妹がどのように童謡に取り組んできたのか、その道のりを語ってくださいました。

童謡との最初の出会いを教えてください。

安田ひばり児童合唱団のときですね。当時(1950年代)は、童謡歌手=アイドルみたいな時代で、私たちもレコーディングするためのお稽古をしていました。

由紀私はお姉ちゃんにいつもついて行っていたので、「あなたも入ったら?」となしくずし的にでしたね。まだ幼稚園児でしたから、違った環境のお友達と一緒にいる気分でした。

由紀さおり×安田祥子 日本の歌を愛した姉妹

やがて、安田さんは音楽大学に進学され、由紀さんはコマーシャルの仕事を始められた。

安田私はクラシックを選んで東京藝術大学に入ります。童謡歌手だったことは知られていましたから、先生に「よくも悪くも注目されるから、頑張らなくちゃダメだよ」と言われ、真面目に勉強しましたね。

由紀私は中学に進んで歌を続けるかどうかを選択する頃、テレビの「ザ・ヒットパレード」などに出ている、ザ・ピーナッツさんや坂本九さんのように、大人の歌を歌うようになりたいと思い、ジャズのビートを身につけるレッスンをしたりしました。それと同時にNHKの「おかあさんといっしょ」で“歌のお姉さん”をやったり、コマーシャルソングを歌ったりしていたんです。

由紀さおり×安田祥子 日本の歌を愛した姉妹

安田私もそこにちょっと参加したわ。母が名付けた二人の芸名は、「ハッピービーンズ(お多福豆)」(笑)。顔を出さなくてもいいから、コマーシャルソングの仕事はたくさんやったわよね。

由紀童謡歌手は大人の歌手になれないっていうジンクスがあったから、二人ともイメージを払拭したかったのよね。

そんなお二人のコンビが復活したのは、どういういきさつだったのでしょうか。

由紀それは私ね。由紀さおりとしてデビューして10年は順風満帆で、紅白も10年連続で出ましたけれど、11年目はダメ。そこで「何を歌えばいいの?」「何が合っているの?」と、自分の歌探しの迷路に入りました。そして、デビュー15周年をターニングポイントにしようと考えて、NHKホールを借りてオーケストラをバックにコンサートをすると決めたの。
でも、間近になって、「一人でオーケストラとやるのは荷が重いから、ゲストを考えようかしら?」と母に相談したら、即座に「お姉ちゃんと一緒にやったら?」って。そこで、「お姉ちゃん、やってくれる?」と声をかけました。

由紀さおり×安田祥子 日本の歌を愛した姉妹

安田私のターニングポイントは、ニューヨークに行ったことですね。アメリカで出会った人は、ミュージカルナンバーやソウルミュージックといった、自分の国の歌を大事にしていました。なのに、「私は日本人として日本の歌をちゃんと歌ってきたか」と考えたとき、童謡歌手のイメージを払拭しようとしたことも含め、避けてきたことに気づき、日本の歌にきちんと取り組もうと思ったの。
帰国して、日本の名曲を歌うコンサートをやりました。そんなときに、母から、「いい歌にジャンルはないから二人でやってみたら」と言われたので、私が日本語の歌を歌い始めてからのファンと、妹のファンと一緒に楽しめるものができたら、人生展望が変わるかなと思いました。不安がなかったわけではないのですけど。

由紀クラシックとポップスのバトルみたいな仕掛けでコンサートをやったんです。そこに、二人の音楽のスタートはひばり児童合唱団だからと、童謡唱歌を歌うコーナーを10分ぐらい入れたの。

安田メドレーでね。

由紀そうしたら、大人の二人がいま歌う童謡唱歌をもっと聞きたいというご要望をたくさんいただいた。15周年の一回こっきりの予定だったのに。

二人の意見の対立はありませんでしたか?

安田「これは私。あなたはそっち」みたいなのはないわね。

由紀お互いに得意なものがわかっているから、「それはお姉ちゃんが歌ったほうがいい」「これは私かもね」と尊重しあえている……。というか、大人になってやったからよね(笑)。

子供のときにやっていたら?

安田ダメダメ(笑)。

由紀「お多福豆」時代なら難しかったわね(笑)。

由紀さおり×安田祥子 日本の歌を愛した姉妹

お二人のコンサートでは、音楽の「がく」を、メロディーやリズムという音の「学」を安田さんが担当し、由紀さんは音を「楽」しませる役割と感じます。

安田そうおっしゃっていただくのは、うれしいですね。

由紀姉は先生。私はチャチャを入れる(笑)。それで堅苦しくならずに楽しんでもらい、一緒に歌って覚えてもらいたい。若い世代には、こういう歌がある、と気づいてもらいたいですね。

童謡ファンへのメッセージをお願いします。

安田赤ちゃんから、おじいちゃん、おばあちゃんまで、どの世代にもフィットするのが童謡です。心も身体も健やかになりますから、大きな声で歌ってみてほしいです。

由紀お子さんたちの性格、情緒、感性などは、小学校一年生ぐらいまでに形成されるといいます。何気ない日常のなかで、親が子を思い、子が親を思う気持ちは、童謡のなかにたくさんあります。きれいな日本語とやさしいメロディー、そして互いを思いやる心を歌った童謡を、お子さんのなかに残していってほしいですね。

由紀さおり×安田祥子 日本の歌を愛した姉妹

※このインタビューは、2013年9月に行ったものです。
※インタビューの内容はCD全集「由紀さおり・安田祥子の世界」鑑賞ガイドより抜粋。全文は商品ご購入後に、お読みいただけます。

プロフィール

由紀さおり

小学生から高校生までひばり児童合唱団に所属し、童謡歌手として活躍。CMソング、アニメ声優、NHK歌のお姉さんなどで活躍の場を広げ、1969年「夜明けのスキャット」でデビュー。女優として映画やドラマに出演。司会、バラエティなどマルチな才能を開花するも、1985年に姉・安田祥子と共に童謡コンサートをスタートさせ、再び歌手活動に重点を置くようになる。2011年、Pink Martiniとの合同アルバム「1969」をリリース。全米iTunesのジャズ部門で1位となり、世界的ヒットに。2012年、紫綬褒章受章。2019年、旭日小綬章受章。

安田祥子

小学生時代はひばり児童合唱団に所属し、童謡歌手として活躍。東京藝術大学大学院修士課程修了。ニューヨークのジュリアード音楽院、ロチェスターのイーストマン音楽院で音楽を学ぶ。1987年、文化庁の芸術家特別在外研修員としてヨーロッパ、アメリカに派遣され、発展途上国の子どもたちの支援にも力を入れている。東京藝術大学講師を18年間続け、コンサート活動に専心するために勇退。ボイストレーナーとしての功績も大きく、多数の教え子が「劇団四季」などの舞台で活躍している。2013年および2021年に文部科学大臣表彰を受賞。

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