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いまが本番、今日が最後。
お互いさまに、自分の生きてきた角度でしか、話も聞けない、判断もできない。そういうものなんです。
「無常」というのはね、本当は悲しいことではない。
すべてのものは縁によって起こるーー互いに助け合う存在なんです。
「絶望して自ら死のうとするその時も、あなたの心臓がどきどきと動いているでしょう。
曲がっているから、いいのよね。
”投げられたところで起きる小法師かな”
「お母さんになる日が来たら、お母さんのようなお母さんになりたい」
ただまさに、やはらかなる容顔をもて、一切にむかふべし。
「このごろの親は、怒ることはあるけれど叱らなくなった」
泥多ければ、ほとけ大なり、なんて言いますね。
集合写真ができてくると、おそらく百人が百人、間違いなく、自分の顔を探すでしょう。
●毎日の生活に活きる仏教の智慧をやさしくお説きくださいます。
●具体例やエピソードを多く用いた、わかりやすいお話です。
●静かであたたかな俊董尼の語り口は、聞くだけで心が癒されます。
●人生を歩むうえでの教えを語る、宗派に偏らないお話です。
●CD全集ですので、何度でもくり返しお聞きになれます。
愛知専門尼僧堂堂長。昭和8年愛知県生まれ。5歳で曹洞宗無量寺に入門し、15歳で得度。駒沢大学大学院修了後、曹洞宗教化研修所を経て、昭和50年、愛知専門尼僧堂堂長、無量寺住職に就任(現在は東堂)。昭和59年、正法寺住職を兼任。後進の育成はもとより、一般への参禅指導や講演など、全国で活躍している。
付録も合わせてお届けします
付録1『天地いっぱいに生かされて』解説書
全12巻のお話の内容を掲載したオリジナル冊子。カラー口絵では俊董尼の半生や日々の生活の一端を写真でご紹介しています。A5判(タテ215mm×ヨコ154mm)/192ページ
付録2 桐製収納ケース
末永くご愛用いただくために、CDがぴったり納まる特製収納ケースをご用意しました。桐箱に俊董尼のやわらかな書が映える逸品です。
サイズ:幅154mm×奥行178mm×高さ165mm
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人生を大切に生きるための、豊かな智慧の数々。難しく捉えられがちな仏教の教えを、じっくり、やさしく教えてくれます。
心やすらぐ語り口の中に、凛とした深い精神が感じられるーーそんな味わい深いお話です。
「青山俊董講話集 天地いっぱいに生かされて」全12巻の内容紹介
いまが本番、今日が最後。
なにげない、朝から晩までの「平凡な」と思っている一つひとつのことを、「いまが本番、今日が最後」と、心をこめて勤めさせてもらう。これよりほかに、人生を大事に生きる生き方はないんですね。お互いさまに、自分の生きてきた角度でしか、話も聞けない、判断もできない。そういうものなんです。
だから、「一生懸命見ても、一部しか見えない、一つの切り口しか見えないんだ」と。この謙虚さがあれば、争いにはならないと思います。「無常」というのはね、本当は悲しいことではない。
日本人はこの「無常」をとかく悲観的に受け止めているような気がします。でも本当は、「とどまらない」ということ、「はたらき」ということ。生きている証なんです。無常だから、不幸を幸せに転じていくこともできるんですね。すべてのものは縁によって起こるーー互いに助け合う存在なんです。
例えば60兆の細胞からなっているこの身体も、一つの細胞が故障を起こすとガタガタしてきます。一つだけが独立して存在することはできないーーこれが「縁起」です。「絶望して自ら死のうとするその時も、あなたの心臓がどきどきと動いているでしょう。
あなたの呼吸が出入りしているでしょう。死なせてなるものか、乗り越えてくれよ、頑張ってくれよと、あなたの心臓を働かせ、あなたの呼吸を出入りさせてくださっているその働き、それを仏と呼ぶんだ」曲がっているから、いいのよね。
お花を生けながら、いつも思うんですね。大自然が作ってくれた曲線の見事さを楽しみながら、「曲がっているからいいのよね」と……本当は、すべての人に対しても「曲がっているから」って言えるようになるといいな、と思うんです。”投げられたところで起きる小法師かな”
だるまさん、ぽんと放り投げられた。その場所がごみ溜めであろうと泥んこであろうと、コロンと起きあがり座りこみます。目の前にどんなことが起ころうと、姿勢を正して立ち向かっていく。それこそ人生を悔いなく生きる生き方でしょう。「お母さんになる日が来たら、お母さんのようなお母さんになりたい」
そう胸を張っていえる子は、幸せです。カロリー計算さえして食べさせておけば子どもの体は育つかもしれないけれど、心を育てるには、愛という栄養を食べさせなければいけない。愛を着せ、愛を食べさせる……そんな気がいたします。ただまさに、やはらかなる容顔をもて、一切にむかふべし。
自分の気に入ったものだけに向かう、また気に入ったときにだけニコニコする、というのではなく、すべてに向かって、いついかなるときも、“微笑み”で立ち向かっていきたいものです。「このごろの親は、怒ることはあるけれど叱らなくなった」
この一言を聞いてハッとしました。「怒る」というのは、私の思いに叶わず、腹が立っていること。「叱る」というのは、何とかなってほしいという祈りであり、願い。相手への思いであり、愛なのです。泥多ければ、ほとけ大なり、なんて言いますね。
泥を転じて花を咲かせよ。泥を嫌わずに、泥に導かれる。つまり苦に導かれて教えに出会い、教えに導かれ、美しい花を咲かせていきなされ。そういう深い教えが、蓮の花に象徴されているんです。集合写真ができてくると、おそらく百人が百人、間違いなく、自分の顔を探すでしょう。
自分がよく撮れているといい写真。目をつぶっていたりすると、写真そのものがつまらないものに思えてくる。それほどに自分への執着があります。でも、そんな姿に気づくことから始まるんですね。「青山俊董講話集 天地いっぱいに生かされて」5つの特長
●毎日の生活に活きる仏教の智慧をやさしくお説きくださいます。
●具体例やエピソードを多く用いた、わかりやすいお話です。
●静かであたたかな俊董尼の語り口は、聞くだけで心が癒されます。
●人生を歩むうえでの教えを語る、宗派に偏らないお話です。
●CD全集ですので、何度でもくり返しお聞きになれます。
青山俊董(あおやま・しゅんどう)プロフィール
愛知専門尼僧堂堂長。
昭和8年愛知県生まれ。5歳で曹洞宗無量寺に入門し、15歳で得度。駒沢大学大学院修了後、曹洞宗教化研修所を経て、昭和50年、愛知専門尼僧堂堂長、無量寺住職に就任(現在は東堂)。昭和59年、正法寺住職を兼任。後進の育成はもとより、一般への参禅指導や講演など、全国で活躍している。
付録も合わせてお届けします
付録1『天地いっぱいに生かされて』解説書
A5判(タテ215mm×ヨコ154mm)/192ページ
付録2 桐製収納ケース
サイズ:幅154mm×奥行178mm×高さ165mm