エルヴィス・プレスリー 彼が残した10の伝説

『キング・オブ・ロックンロール』―― ロックの時代を築き上げ、世界中を虜にした伝説のアーティスト"エルヴィス・プレスリー"。
彼の音楽無くして、今のロックンロールは無いと言われるほど、その影響は世界各国、現代にまで及んでいます。
そんなエルヴィス・プレスリーが残し、今でも語り継がれる10の伝説をご紹介いたします。

エルヴィス・プレスリー
彼が残した10の伝説

1

史上最も成功したソロ・アーティスト

わずか42年の生涯で700曲にもわたる楽曲を世に送りだしたエルヴィス。今なお世界中のファンから愛され続けている彼は、ギネス記録に「史上最も成功したソロ・アーティスト」と認定されています。

ロックンロールの誕生と普及に貢献したのは言うまでもありませんが、数々のハリウッド映画にも出演し、歌手としてだけではなく、俳優としても活躍した彼の功績あってのことでしょう。

2

称賛と非難を浴びた過激なパフォーマンス

あなたはエルヴィスのパフォーマンスを見たことがあるでしょうか?見ているものをくぎ付けにするその歌唱姿で、特に印象に残るのが身体の動きです。
激しく腰を揺らしながら歌うその姿は、観客を興奮の渦に包み、時に大きな称賛を浴び、また時には卑猥だとして非難も浴びました。

アメリカ・CBSで放送されていたバラエティ番組『エド・サリヴァン・ショー』に出演した際には、そのダンスが過激とみなされ、下半身をカットし放送するという異例の対応がなされたほどでした。

3

彼を変えた2年間の兵役

1958年1月、エルヴィスはアメリカ陸軍への徴兵通知を受けます。すでに圧倒的な人気を誇っていたエルヴィスでしたが、特例措置などはなく、普通の一兵士として2年間の兵役を負うことになったのです。

また、この兵役中には最愛の母グラディスの死に直面することとなります。エルヴィスの最大の理解者であった母の死は彼を大きな悲しみに包みました。

そんな彼の音楽は、兵役前と後で大きく変わったと言われています。兵役の経験が影響したのか、母親の死が原因なのか、真の理由は分かりませんが、ロックに限らずポップスやバラードも見事に歌い上げ、最終的には700曲にも渡る多彩なジャンルの楽曲を世に残しました。

4

海外公演をしなかった理由

その人気はアメリカ国内にとどまらず、全世界にまで広まっていたエルヴィス。そんなアーティストならば、世界中を飛び回り、多くのファンにその歌唱姿を届けに行っているのでは!と思われがちですが、エルヴィスが国外で公演を行ったのは、カナダ1国のみ。実は彼のマネージャーを勤めていたトム・パーカーはアメリカへの不法入国者だったのです。
国外に出ることで、マネージャーが再入国が出来なくなることを恐れ、海外公演は実現しませんでしたが、当時パスポートが必要なかったカナダにだけは入国できたとのこと。

絶大な人気を誇っていたエルヴィスが世界各地に渡り、その姿を見せていたら今よりさらに人気に火がついていたことでしょう。

5

とんでもない甘党!?

食パンにピーナッツバターを塗り、焼いたベーコンとバナナを挟んだ甘じょっぱさがクセになるサンドウィッチ。アメリカの定番であるこの料理は「エルヴィスサンド」と呼ばれ、多くの家庭で長年愛されています。

料理名にもある通り、こちらはエルヴィスが愛したことが、その名の由来となっています。母親のグラディスがよく作ってくれたこの料理が大好きで、彼にとってはいわゆる“母の味”。深夜でも早朝でもこの料理を食べたほどエルヴィスのお気に入りだったようです。

しかし、かなりの高カロリーなので、食べすぎにはご注意を・・・。

6

ビートルズとの1度きりの会談

多くのアーティストが憧れのアーティストとしてエルヴィスの名前を挙げますが、その代表的な存在としてよく知られているのがビートルズです。そんなエルヴィスとビートルズですが、その生涯でたった一度だけ会談をしたことがあるのです。

それは、1965年8月27日のことで、ビートルズの4人は全米ツアーの真っ最中でした。報道陣の介入を防ぐため、録音や録画、写真撮影は一切無しとの決まりで始まったその会談は、緊張感からか実に気まずい雰囲気であったといいます。しかし、エルヴィスの呼びかけから、ビートルズの4人とセッションを始めると、先ほどまでの緊張感はどこへやら、とても良い雰囲気の会談になったそうです。

ロックの世界を牽引する両者の会談は、記録には残っていないものの、音楽史に残る歴史的なものでした。

7

誰も知りえない本当の死因

1977年8月16日、テネシー州メンフィスの自宅、グレイスランドの2階のバスルームで倒れているところを恋人に発見されたエルヴィス。その後すぐに病院に搬送されるも、42歳という若さで息を引き取りました。検視の結果、処方薬の極端な誤用による不整脈であると公式に発表され、この訃報が流れた当時、グレイスランドは数多くのファンが詰めかけ、騒動となりました。

しかし、彼の死因には様々な説が飛び交っています。

エルヴィスの死後、イギリスのテレビ番組ではスティーヴン・キングスモア博士が、本当の死因は遺伝性の病気で、DNAに原因があると説明しました。その他にも甘いものを食べすぎたことによる肥満説や便秘説などを唱える人もいます。
果たして、本当の死因は何だったのでしょうか・・・?

8

全世界に広がるそっくりさん文化

派手な衣装とその独特な歌唱姿が印象的なエルヴィスですが、世界各地で彼のものまねをする人があふれかえっています。しかも仮装といった簡易的なものではなく、「そっくりさんコンテスト」が開かれ、優勝者を決める大会があるほど本格的なもの。

そのコンテストはアメリカ国内だけにとどまらず、世界各国で開かれ、エルヴィスのものまねで生計を立てている人もいるほどです。

9

あの派手な衣装、実は・・・

エルヴィスのステージ衣装というとどのような姿が思い浮かびますか?おそらく多くの方が思い浮かべるのが、袖に多数のひらひらとした紐が付いている白のジャンプスーツに、サングラスをかけた姿ではないでしょうか?
「そっくりさんコンテスト」でもこの衣装を身にまとった参加者ばかりで、エルヴィスの衣装と言ったらこれの印象が強いのでしょう。

しかし、エルヴィスがこの袖にひらひらが付いた衣装でステージに立ったのはたった1回だけ。しかも歌っているときはサングラスを付けていなかったそうです。たった1回のステージ衣装で多くの人の頭に残っているとは、それほど印象深い姿だったのでしょう。

10

ロックの日

日本ではその語呂合わせから6月9日はロックの日として印象深いかもしれません。しかし世界的には1月8日がロックの日として認知されています。それはエルヴィスとイングランド出身のロックミュージシャン、デヴィッド・ボウイが生まれた日だからです。

ロックミュージックで世界的に名声を得た2人の英雄の誕生日が同じとは、何か運命があるようにも感じますね。

エルヴィスの音楽性に影響を与えた出来事から、思わず笑ってしまうような話まで、彼が残した10の伝説をご紹介いたしました。
「ラヴ・ミー・テンダー」や「監獄ロック」、「ハウンド・ドッグ」など、彼がステージの上で魂を削りながら歌い上げた名曲の裏では、エルヴィスが歩んだ色濃いストーリーがあります。
ここでは、そんな人生の中で生まれたエルヴィスの音楽を、存分に味わえる全集をご紹介いたします。

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楽曲説明書には、その曲がリリースされた当時の時代背景や、曲に込められたエルヴィスの想いが詳細に書かれているため、より一層彼の楽曲を深くお楽しみいただけます。

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