北海道・知内での祖父との想い出〜幼い心に芽生えた、歌への思い 北島三郎 艶歌人生の歩み

昭和11年、北海道の知内(しりうち)という漁村の半農半漁の家に、一人の男の子が生まれました。大野穣(おおのみのる)、のちの北島三郎です。両親にとって初めての子であった穣ですが、1年後に弟、その3年後にさらに弟が生まれたため、祖父母に預けられることが多かったといいます。
祖父のことを聞かれると、北島三郎は嬉しそうにこう語ります。

「じっちゃんが夜道を唄いながら歩けば、村中が静まり返って聞き惚れたもんだよ」。

美声で知られた祖父は、穣を膝の上に乗せて、『江差追分』を唄ってくれました。穣が真似て唄うと「うめえなあ、おまえは」と誉め、村の人たちに「うちの孫の歌にかなうもんはいねえよ」と言ってくれたといいます。そんな祖父の言葉が、穣の心に歌への思いを芽生えさせたのかもしれません。

幼少のころ、両親・弟と。左から母・キクエ、次男・捷、父・一郎、そして手前右が北島三郎。

「絶対に歌手になる!」〜大きな夢を抱いての上京 北島三郎 艶歌人生の歩み

穣は学業も優秀で、中学生になって進路を決める時、担任の先生が「進学しろ。函館の高校さ受けろ」と言ってくれたほどでした。けれど、家は貧しい。悩んでいた穣に、父は「学費のことなんぞ心配しなくていいからな」と応援してくれ、当時の知内では珍しく函館西高校に通うことになったのです。

歌手になりたいという穣の夢がふくらんだのも、高校生のころの出来事がきっかけでした。NHKの「全国のど自慢大会」が函館に来るというニュースを聞いて、思い切って出場したのです。穣が唄った『落葉しぐれ』を審査員の先生が誉めてくれたことが、幼いころからほのかに抱いてきた歌への情熱を湧きあがらせました。

「東京に行って、オレ、絶対に歌手になる!」

そう固く決心したのです。しかし、相変わらず家は貧しいまま。「自分は長男だ。進学させてもらって、やっとこれから一家の稼ぎ手となるはずだったのに申し訳ない…」。あれこれ考えを巡らせてみても、歌手になりたいという夢は捨てられませんでした。
思い切って父に相談すると、予想どおり激しく怒られ、反対されました。けれど、長男としてやりたいこともできずに家業を継いだ父は、自分の息子には思いどおりにさせてやりたいという気持ちを持っていました。「よし、おまえの我がままは許そう。だがな、帰ってきても、おまえに分ける田畑も家もないぞ」。父はそう言って、穣の上京を許してくれたのです。

歌手になる夢を描き始めた高校時代。

空にはカモメが舞い、小雪の散らつく日でした。「何がなんでも、日本一の歌手になるんだ!」。夢だけを抱えて、穣は函館港から青函連絡船に乗り込みました。「兄ちゃん、だめだったら、いつでも帰ってくるんだよ」、そう言ってくれた母の言葉に涙ぐみながら、港の向こうの故郷を見つめました。夢が大きい分だけ、心細さも迫ってくるようだったといいます。

流しの生活の中で〜船村徹との運命の出会い 北島三郎 艶歌人生の歩み

東京へと向かった穣は、小岩のおばさんの家に身を寄せました。昼は鉄工所で働き、生活費を稼ぎながら、歌手を目指すことにしたのです。そして一年が経とうかというある日、新聞で「歌手募集」の求人広告を見つけます。このまま鉄工所でアルバイトをしていて、歌手になれるのだろうか…そう悩んでいた穣には、大きなチャンスに思えました。

期待に胸をふくらませて訪ねてみると、そこは、流しの歌手専門の事務所でした。目指している「歌手」とは違うものの、人前で歌が唄えて、収入にもなる。一歩前進ではないか、そう考えました。そして、ギターの特訓が始まり、3曲100円の流しの生活がスタートしたのです。
持ち歌が増え、「流しの大ちゃん」として人気が上がってきていた穣。けれど、夢見てきた「歌手」は「流し」ではない…。夢と現実のギャップに悩んでいたころ、穣はついに夢を叶えてくれる大きな縁と出逢います。

「今の北島三郎があるのはふたりと出逢えたから」。
師匠・船村徹(中央)、盟友・星野哲郎(右)と。

穣の歌をかねてから気に入ってくれていた新聞記者が「君に、作曲家の先生を紹介してあげるよ」と言ってくれたのです。半信半疑で待ち合わせの喫茶店に行ってみると、なんと、今をときめく作曲家の船村徹がそこにいました。さらに船村は、穣の歌を気に入ってくれ、レッスンに来いと言ってくれたのです。

「北島三郎」デビュー!〜『なみだ船』が日本レコード大賞新人賞に 北島三郎 艶歌人生の歩み

船村徹のもとで歌の勉強をすることになった穣は、流しで身に付いた垢を落とし、自分だけの歌を唄おうと、厳しいレッスンに励みました。そんな穣に、船山は「北島三郎」という芸名を用意してくれました。その名前には、「サブちゃん」とみんなに呼ばれて親しんでもらえるように、という船村の温かな思いが込められていました。

そしてついに「北島三郎」としてデビューした穣に、船村は『なみだ船』という曲を用意してくれたのです。のちに北島が「哲さま」と呼び慕うようになる作詞家・星野哲郎と船村徹がコンビを組んだ『なみだ船』は大ヒットし、昭和37年の日本レコード大賞新人賞に輝きました。ついに、夢が確かな形となって花開いたのです。

後年、北島はこう語っています。

「北島丸は、凪の日に良い船出をさせてもらった。その嬉しさといったら、言葉にならない。歌手になることだけを夢に描いて、長い年月歩んできたんですからねえ」。

『なみだ船』(昭和37年)

『ギター仁義』、『帰ろかな』、『函館の女』、『風雪ながれ旅』…
次々とヒット曲を飛ばしても変わらない、芸の道を追求する姿勢 北島三郎 艶歌人生の歩み

デビューの翌年、「NHK紅白歌合戦」に『ギター仁義』を唄って初出場。それからは、NHKの人気番組「夢で逢いましょう」で話題となった『帰ろかな』、ミリオンセラーになった『函館の女』、そして『与作』、『風雪ながれ旅』、『北の漁場』、『まつり』…挙げていくときりがないほど、北島三郎は次々とヒットを飛ばしました。

北島は、どんなに時代が変わろうとも、日本人の胸の奥にある深い悲しみ、晴れ晴れとした喜び、しみじみと沁みる哀愁を唄い続けてきました。そしてその豊かな表現力は、歌というジャンルを超えて、映画、テレビドラマ、そして舞台へと広がっていきます。

昭和43年からは、新宿コマ劇場で、毎年、公演を続けてきました。39年間の連続公演は、歴代の座長公演の中で最長記録です。大阪、福岡などでの地方公演も入れれば、その公演回数は何千回にもなるでしょう。北島三郎は、そのうち一回たりとも休んだことがありません。毎回毎回、ステージが楽しみでならないといいます。そして、座長として、スタッフ全員が毎日楽しく仕事ができる舞台を作ろうと心がけてきました。スタッフたちと培ってきた信頼関係、共演者たちとの温かな連帯感、和やかな雰囲気は、必ず客席へと伝わっていくからです。

たとえどんな時でも、お客さんの笑顔が見たいから頑張れる。

「サブちゃん!」と呼びたい…北島三郎の温かな人柄 北島三郎 艶歌人生の歩み

北島三郎は言います。

「今のオレがあるのは、師匠である船村徹先生に見出され、育てていただいたから。師匠はもちろん、古賀政男先生、吉田正先生、星野哲郎先生、遠藤実先生をはじめ、多くの先生方との本当に素晴らしい出逢いに恵まれてきた。今までいただいたご恩の何分の一でも、自分が若い人たちに返していきたい」。

歌手を目指す後輩を育てること、それが自分の仕事のひとつだと確信した北島は、デビュー13年目に、北島音楽事務所を設立しました。
素晴らしい才能を発掘し、原石を磨いて、世の中へ出す手助けがしたい。歌が持つ力、人を感動させることの感動を一緒に味わいたい。そんな北島の情熱が、多くの歌手を生み出してきました。

キャリアを重ね、日本を代表する歌手となってからもなお、客席からは「サブちゃん!」と声援が飛びます。北島の公演を観にきたお客さんは口をそろえて、「えらぶったところがない」「こんなに大御所になっても、いつも謙虚。そこがいいのよね」と感心します。一流の歌手でありながら、愛称で呼ばれているのは、北島だけかもしれません。流しをやっていたころ、目の前の一人のお客さんのために唄っていた姿勢は、万を数える人の前に立とうとも、少しも変わってはいないのです。だからこそ、北島三郎はこれほど長く、多くの人たちに愛され続けているのでしょう。

平成3年、『北の大地』で日本レコード大賞に輝き、『なみだ船』『北の漁場』に続いて三冠を獲得する偉業を達成。芸道生活30周年の節目にあたり、感無量のステージとなった。 ©TBS

声のすばらしさ、歌のうまさだけが、北島三郎の魅力ではありません。彼の温かな人柄、さっぱりとした飾り気のない気質。北島三郎の歌の魅力、芝居の魅力も、この「ありのままの人柄」から滲み出てくるものなのです。仕事を重ね、多くの人たちと出逢い、絶えず自分を磨き上げてきた生き方がお客様へと伝わり、もっと大きなエネルギーとなって、北島のもとに返ってくるのです。

「俺は『大御所』、『御大』と呼ばれるより、小さな子どもから、『サブちゃん!』と言われるほうが嬉しいね」

そう語る北島三郎は、これからもずっと「日本の魂」の歌を私たちに届け続けてくれることでしょう。日本人にとって大切な歌い手、それが北島三郎なのです。

※記事の内容は「北島三郎の世界」鑑賞アルバムより抜粋。

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