奇跡の天才ピアニスト辻井伸行が歩んだ道のり〜母・辻井いつ子が明かす希望の歩み〜

奇跡の天才ピアニストと呼ばれる辻井伸行。
今日の栄光を築き上げたこれまでの道のりを、
母・いつ子が明かすエピソードと共にお届けします。

辻井伸行 プロフィール 2009年6月に米国テキサス州フォートワースで行われた第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで日本人として初優勝して以来、国際的に活躍している。11年と14年にはカーネギーホール、13年のイギリス最大の音楽祭「プロムス」、15年のウィーン楽友協会をはじめとする演奏会はいずれも絶賛されている。エイベックス・クラシックスより継続的にCDを発表し、2度の日本ゴールドディスク大賞を受賞。作曲家としても注目され、映画《神様のカルテ》で「第21回日本映画批評家大賞」受賞。

辻井伸行 プロフィール

辻井いつ子 プロフィール 1960年東京生まれ。フリーアナウンサーとして活躍後、86年に産婦人科医の辻井孝氏と結婚。88年に誕生した全盲の伸行さんを「明るく、楽しく、あきらめない」をモットーに育ててきた。 現在は自身の経験を元に講演・執筆活動を精力的に行う。また、2015年4月からTBSラジオ「ミキハウス presents 辻井いつ子の今日の風、なに色?」でラジオパーソナリティを務める。主な著書に『今日の風、なに色?CDブック』(アスコム)等がある。

辻井いつ子 プロフィール

誕生〜わが子との対面、過酷な運命〜

1988年9月13日、伸行はこの世に生を受けた。

「本当に幸せでしたね。柔らかなその手に触れた時にじわじわと喜びが湧きあがりました。とてもハンサムで、出産のその日に、早くも“親ばか”の感情も芽生えたんですよ。」

ところが、生後数日たっても、目を閉じたままの伸行。いつこの不安は日増しに大きくなる。そしていつ子は、医師から伸行について「生涯目が見えるようになることはない」という残酷な宣告を受ける。

「もう、目の前が真っ暗。深く暗い谷底に突き落とされたようにショックでしたね。我が子を思い、『本当に生きていて幸せなのだろうか』と考えたこともありました。」

奇跡の天才ピアニスト 辻井伸行が歩んだ道のり

希望〜この子は音楽の天使かもしれない〜

生後半年を過ぎたころ、伸行に訪れたある変化がいつ子にとって希望の光となった。伸行がショパンの「英雄ポロネーズ」を聴くたびに、足をバタバタさせて喜びを表現したのだ。

「伸行が少しずつ音楽に対する好奇心を表現し始めたことは、私にとって最高の喜びでした。『もしもこの子に音楽の才能があるのなら、何としても伸ばしてやりたい』と藁にもすがる想いでもあったのです。」

以来、いつ子は伸行の音楽の環境を整えることに手を尽くすようになる。
そして、伸行が2歳3ヶ月のクリスマスの日…。

「ただただびっくりしました。まだおむつも取れない伸行が、ピアノを弾いているのですから。新米の母親として何ひとつ自信が持てず、手探りで進んできた毎日。その道の前方に、希望の灯りが見えたようにも思えました。」

ピアノのレッスンを受け始め数年たった5歳の時、伸行は海外旅行で訪れたサイパンである大きな経験をする。ショッピングセンターに置かれていたピアノが弾きたいと駄々をこね、お店の方に特別に弾かせてもらったのだ。伸行が演奏を始めると、多くの人が足を止めた。

「その盛況ぶりに、私たち夫婦も釘付けになりました。驚きの声と温かな拍手が上がり、なかには涙ぐんでいる人もいたほどで、伸行も得意そうな表情をしていましたね。」

奇跡の天才ピアニスト 辻井伸行が歩んだ道のり

転機〜恩師との出会いと炎のレッスン〜

一方で、プロの演奏家を目指すか否か、その選択の時は確実に迫っていた。

「このまま伸行が音楽の道を続けていいものだろうかと不安が頭をもたげてきたというのが本音なんです。やると決めたら生半可な覚悟では通用しない。親の私たちも強い覚悟が必要だと、ひしひしと感じました。」

そして、プロを目指す覚悟を決めた伸行といつ子。伸行にとって恩師となる川上昌裕先生に師事することになったのもこの頃だった。

「週2回、さっそくレッスンが始まりました。目が見えず、楽譜が読めない伸行のレッスンは川上先生にとって想像以上の苦労だったと思います。」

川上は伸行のために、カセットテープに楽譜の情報を録音する手段を思い付いた。5分の楽曲を録音するのに時には数時間かかることもある、この「耳で読む楽譜」を200本以上も作成した。いつ子が“炎のレッスン”と呼ぶほど熱のこもった指導が続いた。

奇跡の天才ピアニスト 辻井伸行が歩んだ道のり

葛藤〜夢の舞台でのまさかの結末〜

そうして挑んだのが「ショパン国際ピアノ・コンクール」だった。幼いころからショパンに憧れた伸行にとって熱望の舞台だった。

「世界最高峰のピアニストを決めるコンテストの厳しさが、肩にのしかかります。私自身『こんなに胸が締め付けられるような思いをするならもう二度とコンクールに出たくない』と何度も感じたのですから、17歳の若さで、一人で舞台に上がる伸行の気持ちはいかほどだったでしょう。」

伸行はそんなプレッシャーをはねのけ、順調に予選を通過。そして、迎えたセミファイナルの舞台。伸行が演奏を終えた途端、拍手と歓声に会場が包まれた。誰もがファイナルへの出場を確信するほどの出来だった。ところが翌日、落選というまさかの結果が届いた。

「あの日、周囲のやり場のない悔しさと落胆をよそに『みんな泣かないで、また頑張るから』と気丈に振る舞っていた伸行。ただ、穏やかに見えたその心の奥に、静かな闘志を燃やしていたのかもしれないと、今になっては思います。」

奇跡の天才ピアニスト 辻井伸行が歩んだ道のり

栄光〜つかみ取った夢〜

高校卒業後、川上の指導から自立を決めた伸行。CDデビューも果たし、満を持して挑んだのが、2009年、アメリカ・テキサスで開催された『ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクール』だった。順調に予選を通過し、ファイナルの舞台でも見事な演奏を披露。

「結果を待つまでの間、私の心は不思議なくらい穏やかでした。私も伸行も、長きにわたる戦いを無事に終えてファイナリストに残れたことで、今回のコンクール参加の目的は達成できたという気持ちが大きかったのです。」

そして、運命の表彰式。第一位のピアニストの名前が読み上げられた。
・・・「ノブユキ・ツジイ」。
名前が発表されると満員の観衆から大歓声がわき上がった。

「すぐには何が起こったのか理解できませんでした。ステージに登り、優勝カップを手渡されたその時、なんと伸行の表情が崩れました。その瞬間、これまで日々が走馬灯のように駆け巡り、気がつけばめったに泣かない私の目からも涙が溢れ、止めることが出来なくなっていました。」

奇跡の天才ピアニスト 辻井伸行が歩んだ道のり

未来〜明るく、楽しく、あきらめない〜

コンクール優勝後、まるで人生が180度変わってしまったかのように、伸行といつ子は一躍時の人となった。

「努力を重ねれば、絶対に夢は叶う。辛くともあきらめなければ、希望はしっかりと根を下ろすということを、伸行自身が感じ取ったのではないかと思うのです。「明るく、楽しく、あきらめない」。私は伸行の子育てを通してそのことを教わった気がしています。」

その後も伸行は世界各国でリサイタルの成功をおさめ、今や日本を代表するトップピアニストとして活躍している。

「すっかり親離れ、子離れをした伸行に私ができることといえば、ただ見守っていくことしかありません。親心としては『生き急ぎすぎないで』と言葉をかけたくなるのが本音です。それでも、伸行はひたすら前を向いて歩み続けていくのでしょうね。」

奇跡の天才ピアニスト 辻井伸行が歩んだ道のり
歩み続ける奇跡の天才ピアニスト“辻井伸行”。
彼が奏でてきた名曲を、CD全10巻のコレクションで、あなたへ。
奇跡の天才ピアニスト 辻井伸行が歩んだ道のり

幾多の困難を乗り越え、今も世界を舞台に活躍をつづける辻井伸行。そんな彼のこれまでの名演奏を精選しCD10巻にまとめたのが、『辻井伸行の世界 CD全10巻』です。

ピアノソロだけでなく、オーケストラとの協奏曲、作曲家としても活躍する自作の曲も合わせて56曲が一度に聴ける本コレクション。これ1つで彼の魅力を網羅できます。

収録曲は、本格クラシックの名曲の中から、親しみやすい曲を精選しました。技巧的にも表現的にも難しい曲を、彼は美しく、軽やかに弾きこなします。そのため、「クラシックは難しそうで苦手」という方に、ぜひ聴いていただきたい内容です。

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